さて残暑も台風と共に去り、23日を過ぎ、いよいよ秋風冷たく、過ごしやすくなりました。
山上家の庭には、お彼岸を過ぎると、必ず赤い花が咲きます。
彼岸花または曼珠沙華(まんじゅしゃげ)、二つの名を持つ花が今年も「秋の彼岸」を告げます。
以前「二十四節気とは?」で日本の四季と暦の関係性をお話しました。二十四節気より聞きなれない「七十二候」ですが、お茶、お花の世界では、今も季節の目安としています。
そこで、今回も「旧暦」を学んでみましょう。
私たちが「旧暦」と呼んでいる暦の日付は、月の運行を元にしています。
新月の日が月のはじめの日として、満ちて欠けるまでをひと月としました。
その周期は約29.5日ですから、ひと月は約29日から30日になります。
「満月で15日」というように月の形で大体の日付が分かる暦でした。
月のことを「太陰」というので、「太陰暦」と呼ばれます。
月が12回、満ち欠けを繰り返すと季節が一巡りします。
ところが、月は太陽の周期に比べ11日程短いのです。季節は太陽の動きに合わせて移り変わるので、たった11日でも、10年も経つと同じ日付でも全く季節は違う状態になります。
そこで、何年か一度に「閏年(うるうどし)」をもうけ、13ヶ月ある年をつくり補うのですが、それでもズレが生じることから、「二十四節気」が考えられました。
要するに、一年を24当分(約15日おき)した二十四節気をさらに三つに分けたのが七十二候です。ですから、5日おきになるのです。
それには漢詩のような名称が付けられています。
たとえば、9月23日から27日は、秋分初候で「雷乃収声」(かみなりすなわちこえおさむ)です。
雷が鳴らなくなる時期を表しています。季節の微妙な移り変わりが伝わってきますね。
「旧暦」は月(太陰)と「太陽」をもとにした暦、正確には「太陰太陽暦」ということになります。
「気候」という言葉も二十四節気の「気」と「七十二候」の「候」からできたものです。
「なるほど!」の言葉です。
暦は古代中国(6世紀)で考え出され、日本に取り入れられましたが、日本の風土と若干合わないところもあり、二十四節気の方が覚えやすく、季節の目安として丁度よかったようです。
「七十二候」は、江戸時代、渋川晴海(しぶかわはるみ)により「貞享の改暦」が行われた際、日本の風土に合ったものが作成され、誕生しました。基本はそのまま受け継ぎ、少しずつ修正され現在に至り、伝わったのが「本朝七十二候」です。
四季のある日本だからこそ、残したい「二十四節気」と「七十二候」です。
自然破壊の果ての地球温暖化、原子力問題など問題は山積みですが、今こそ、未来に残すべきものを見直す時ではない
でしょうか?
【室礼(しつらい)とは、3つの調和で成り立つ」
1)いつ?季節(二十四節季)
2)どこで?(家、仕事場)
3)何を誰のために祈るか?(自分の家族、友人、お客様)
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